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2023.12.01 更新レポート

【専門書紹介】フェレンツィの時代ー精神分析を駆け抜けた生涯ー

【専門書紹介】フェレンツィの時代ー精神分析を駆け抜けた生涯ー

ユング、カール・アブラハムに次いで、国際精神分析学会の会長に就いたシャンドール・フェレンツィの生涯が記された一冊をご紹介します。

フェレンツィの時代ー精神分析を駆け抜けた生涯ー
森 成起 著 人文書院(2018)

 精神分析を専門としていなくとも、フロイトの名前を聞いたことのある方は多いと思います。しかし、フロイト以外の精神分析家について、どのくらい名前を聞いたことがあるでしょうか。心理士であれば、ドナルド・ウィニコットやメラニー・クラインなどの名前を耳にしたことがあるかもしれません。では本書のタイトル、フェレンツィについてはどうでしょうか。あまり馴染みがないかもしれませんが、実は、私たちの日々の臨床の中でしばしば遭遇するトラウマに関する重要な洞察をおこなった人物です。
 第一次世界大戦時、戦地から戻った兵士が錯乱状態になったり、記憶や言葉を失ったりする状態は「戦争神経症」と呼ばれ、電気ショック療法が用いられたりしました。それに対して、精神分析家は心の動きをしっかりと認識して、その中にある基本要素(フロイトの言う欲動)を明らかにし、より意識の高いレベルに達することで、無意識の動きに縛られていた状態から解放することを目指しました(=精神分析)。そのため丁寧に患者の体験に耳を傾け、言葉にすることを促したのでした。フェレンツィは患者となった兵士からの詳細な聞き取りのもと、何がいつどのように起こったかを理解するすることで、今の症状の意味を明らかにしました。また、不安神経症の理解を用いて、トラウマ的体験が彼らの自尊心を阻害し、不安を昂進させていると考えました。トラウマの理解において、不安に注目し、安心感、安全感を回復することが支援や治療の目標になっているという点で、現在に通じる考え方があります。また、自己愛の傷つきに注目した点も、その回復がトラウマ治療の最終目標となっている現代とつながる点です。戦争神経症から出発し、虐待体験におけるトラウマ臨床と解離についての重要な洞察があります。特に、「取り入れ」の概念はフェレンツィが初めて用いました。虐待における暴力の中で、自分を守るために「攻撃者のあらゆる欲望の動きを汲み取り、それに従わせ、自らを忘れ去って攻撃者に完全に同一化する(攻撃者への同一化)」ことで攻撃を避けたり、少なくとも最小限に止めようとする動きの結果、解離が発生し、人格内部に、攻撃者起源の人格部分が生まれると考えたのです。これは主体的に行われるのではなく、それしか生き延びる手立てがない中で強制的に取り入れられるものです。フェレンツィは虐待の被害者である患者が「心を読む」「千里眼的な」能力は、幼児期の暴力体験に由来する自己防衛能力として理解しました。
 フロイト、ユングといった精神分析の創世記に重要な役割を果たし、国際精神分析学会の会長にもなったフェレンツィですが、様々な実験的技法の導入と独創的な理論のため、精神分析の世界から距離を置かれてしまいました。しかし、トラウマや解離に対する理解、精神分析における患者ー治療者の関係性の果たす役割への注目などから、再評価されるようになり現在に至ります。
 この本では、フェレンツィの理論というよりはその生涯と時代背景、精神分析の歴史の交差点が取り上げられています。その中にはフェレンツィの苦悩がまざまざと描れている部分もあり、複層的な観点から精神分析の一時代を理解することができました。精神分析はそれを学ぼうとした時に、単なる用語の理解だけでなく、その用語を生んだ理論背景はもちろんのこと、人物の生育歴まで遡って触れられることがしばしばあります。通常、臨床心理学やその理論を学ぶ際にそこまで遡ることは少ないと言えます。用語や理論だけでなく、一人ひとりの精神分析家の生涯にも目を向けていくところに精神分析の奥深さと面白さがあると感じる一冊でした。

臨床心理士 島田 祥子

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